kira kira blog

キラキラな感じで 。

大阪食道楽の旅に国家権力とのたわむれを添えて

「これ、やりな」

PCR検査キットを連れに投げ渡した。全国旅行支援の申し込みの為だった。
新型コロナワクチン接種を私は3回目どころかすでに4回済ませていたというのに、連れはまだ2回しか打っていなかった。まあ、私一人分の旅費は安くなるわけだし良しとしようと考えたのも束の間、旅の同行者のうち一人でも条件を満たさない者がいると芋づる先にグループ全員が割引対象外になるのだと判明する。

どうしよう。ワクチンの予約は今更どう考えても間に合わないし、と頭を悩ませていたとき、棚の奥底に眠るPCR検査キットの存在を思い出したのだった。

後日、検査センターからメールが届いたが、「結果は陰性でした」という一文だけで、医療機関の署名らしきものは何も記載されていない。こんな簡素な通知文だけで、割引は適用されるのだろうかと不安になるが、もうこれで行くしかない。

それにしてもこのキャンペーン、うまいこと同調圧力をかける仕組みになっている。PCR?そんな金のかかるもんじゃなくてワクチンぶち込んでこいやオラ。お前のせいで割引になんねーだろ。などと罵声を浴びせられ、今日も震えている人間がいるに違いない。副反応が生じかねないワクチンよりは比較的良心的に思えたPCR案だって、よくよく考えるとハラスメントと紙一重ではないか。目先の利益のためやりなくもない身体検査を促すなんて、本来してはならない愚行だ。幸い、連れは嫌がる様子もなく応じてくれたが、本音のところはわからない。

そう、賛否両論ある旅行割について、私は紛れもなく否の側だった。コロナ感染拡大の要因になりかねないし、恩恵を受ける範囲が限定的すぎる。支援ならば、旅に出るゆとりのない人間にも行き届かせるべきではないか。ついでに不公平な政策つながりでいうと、ふるさと納税にも反対している。早よなくせという感じだが、在る間は利用する。制度に反対することとそれを活用することは、必ずしも背反するわけではない。使うからとて、なにも魂までは売らなくていい。

ぷらっとこだま」という格安の移動手段があることも旅行前日に知り、慌てて申し込んだ。安くなる代わりに、大阪までの乗車時間が長くなるらしいが、むしろ大歓迎だ。新幹線で酒を飲む時間はある程度、確保したほうがいい。旅行前日だというのに、会社の飲み会に参加していた私は、酔いながら飲みの席でふらっとの申し込み手続きをした。クレジットカードを財布から取り出し、申し込みフォームへ番号を入力しているところを先輩に見つかり、おい、飲み会中になにコソコソ携帯いじってんだ会話に参加しろという横やりが入るが、いやチケ発なんでこれだけは取らせてくださいとあたかもライブのチケットをとっている風を装い突っぱね、締切時間1時間前というタイミングで席を確保。本当に何から何までギリギリだった。ちなみに旅行に行くことは、会社の人間には内緒だ。

そして、大阪へ旅立った。連れと友人の3人で、まず新大阪の看板を背景に写真撮影する。天気もいいし、幸先の良いスタート。
3人いればその胃袋の体積分、色んな食べ物にありつけそう。今回の旅を食い道楽の旅と決めていた。かみしめたくなるような記憶はいつだって、美味しい食べ物で形成されている。たこ焼きにかすうどんに肉吸いに串カツにどて焼きにおでんに鶴橋のキムチ。ああ、全部、喰う。
初手はたこ焼き。数ヶ月間たこ焼き禁止令を自らに課し、ストイック生活を極めてきたが、本日解禁。
ぷらぷらと寄り道しつつ、まずは狙っていた最初の一件目で6個入りのやつを一つ買う。お店の強面のお兄さんに緊張しながら小銭を渡すと、素敵な笑顔をかえしてくれた。たこ焼きを頬張ると、思いっきり高温の生地に歯と舌を突っ込んでしまい、粘膜が悲鳴をあげる。熱すぎる!けど、んまいじゃんコレ。何これ、美味しい美味しい。生地がドロドロと口内で溶けていき、蛸の弾力を感じる。一人2個ずつきっちり分けて消化していく。
たこ焼き屋を2件食べ歩きしたあと、次は店に入り串カツとどて焼きを食べた。全部んまい。串カツにかじりついた頃には膨満感を覚え始めた。
仲間一人とバイバイすると、そろそろチェックインせねばと、連れと宿へ向かう。遂に旅行割申請の時。フロントで書類やら身分証やらを求められ、次々と提示していく。私のワクチン接種証明はなんなく受理された。が、例のPCR結果のメール通知を見せた次の瞬間、受付係が顔を曇らせる。そりゃそうだ。誰でも捏造できそうな簡素な文章にすぎないのだから。念の為、検査キット送付先の医療機関名も告げると、受付の顔の緊張がやっと溶け、「この医療機関の検査キットを使用されたんですね」と事務手続きをはじめる。そして、晴れて宿泊料40%オフの割引と、2人で8000円分のクーポンを獲得した。ああ、無事に済んで良かった。部屋へ案内されると、すぐに床へ荷物を置いて身体を楽にする。旅行では極力荷物を持たないようにしている。スーツケースは邪魔だし重いから、国内だろうが海外だろうがまず使うことはない。布バッグに2泊3日分の生活必需品を詰めこむ。が、それでも重い。財布携帯カードキー以外を置いて、次の目的地へと向かう。
夜は私たちと同じように大阪へ遠征している高円寺の愉快な人間たちがイベントスペースでDJをやるらしい。大阪きたのに、会うメンツが高円寺の民。それじゃあ高円寺と変わんないじゃん。って会場に足を運んでみると、カラフルで異世界感のある店だった。入口付近には謎に複数のダルマが並べられ、奥に進むとミラーボールや提灯、ドラゴンなどの紙飾りが赤い照明に照らされて中華街のよう。
みんなガヤガヤと何かを喋っている。音とハウリングと会話の洪水で、何を喋っているのか、耳をそばだてても聞き取れない。音楽イベントあるあるだ。以前、APDの知人がコンビニレジでのやりとりに苦労していると言っていたけれど、彼の日常はこんな感じなのだろうかなどと思いを巡らせながら、酒を飲みつつ適当に踊った。適当ダンスもカロリーの消費に役だったのか、お腹が空いてくる。踊りよりもご飯だという頃合いで、一旦夜鳴きそばを求め会場の外に出る。食事を終え、ふたたび舞い戻ってくると、高円寺の人間たちが店を出て外にたむろしていた。どうやら、ひととおりDJが終わったらしい。ほどなくして、愉快な仲間たちがわざわざ高円寺から運んできたという飲兵衛号(酒を販売するための移動式屋台)がそこに加わる。もはや完全なる高円寺。屋台にはやたら電飾が派手なスピーカーが取り付けられていて、そこから知らないお洒落な音楽が流れている。
飲んべえ号を連れてなんば駅周辺を練り歩いたら、きっと大阪の人たちいっぱい酒を買ってくれるだろうなあ。でも、もう真夜中で、私には歩く体力が残されていない。こいつが稼働する頃には私は宿でぐっすり眠っているだろう。心残りだが、街中の反応はあとで愉快な仲間たちの報告をチェックすることにしよう。
閑静な街にガヤガヤと音が響き渡る。電飾がチカチカしていて素敵だったけれど、でもこれ警察の出現不可避だよなあ、と見守っていると、案の定すぐにチャリに乗った制服2人が現れた。早い。いや、ここから交番の距離を考えると遅いくらいなのだろうか。
いつも通り、スマホで撮影をはじめる。念のため、防衛用に。以前、動画で目にした大阪府警による弾圧の様子が脳内再生され、固唾を飲む。西の警察は手強いかもしれない。そういえばデモ申請も東京より大阪の方が通すのが難しいと聞いたことがある。
しかし、存外、彼らの対応はあっさりしたもので、

「近隣住民の方から音がうるさいと苦情がきてますので、もう少し音を下げてください」と柔らかな物腰で言った。

ごもっともな言いぶん。誰かが応じてアンプの音量を絞ると、それ以上咎めてくることはなかった。
帰り際、一人の若い警察が私を振り返り、

「今スマホで動画とっていたやろ。それ全部消しといてな」
抗弁する気はないが、違和感が拭えなくてつい、「後で消すつもりですけど、あれ、でも肖像権ないですよね」
「いや、あるよ」
え、あるの?いや、嘘つくなや、あまりにも真顔でいいはるから一瞬騙されそうになったわ。と、間違いなく地元民にタコ殴りにされるであろう似非関西弁を放つ前に、隣にいた連れが助け船を出した。肖像権はないよ。

それに対しては何も返さず、「あんまり騒がないでな」と警察は穏やかな台詞を残して去って行ってしまった。ちなみに警察が消せと言った動画を後で見返したら、途中で切れていてうまく撮影できていなかった。革命的警戒心が枯渇している証左のような気がしてならない。

警察がわりと緩い。こういうところは少し高円寺と似ているのかも。
結局、一日目はそんな高円寺味を感じて終了した。大阪を感じさせたのは、エスカレーターの立ち位置と、食べ物と、関西弁。明日はもっと大阪を感じるために、移動範囲を広げてみよう。