kira kira blog

キラキラな感じで 。

某宗教団体の映画鑑賞

統一教会の話題で世間が賑わっているのに触発され、某宗教団体の映画、『神○の法』を観に行こうとユウリさんから声をかけられたときのことを思い出す。遠い昔の話だ。振り返るとこのときの映画鑑賞が新興宗教に関する唯一の思い出かもしれない。

他に誰が来るのかと確認すると、浮遊ちゃんと岩田さんの参加は決まっているようで、彼らと久々に会えることが嬉しかったし、新興宗教がらみの映画という物珍しさにつられて私も二つ返事でOKをだした。 
(もう一人、Mさんを誘ってもいいかな?)とユウリさんから追伸メールがあり、(勿論です)
Mさんとはユウリさんの意中の女性で、確か一度だけ、共通の友人同士の飲み会でお会いしたことがある。細くて背の高い、聡明そうな美人さんだった。真面目そうにみえた彼女が、我々の中学生並みの悪ノリに付き合ってくれることは意外だったし、不真面目かつ物見遊山的な行動には忌避感を抱きそうなものだけど、でもまあ、変人のユウリさんが惚れ込むような人だしきっと大丈夫なんだろうと、その時は勝手な信頼をおいた。
当日、待ち合わせ場所の渋谷ハチ公前に着くと、すでにユウリさんと岩田さんがいた。
 「エル・○ンターレ
 「エル・○ンターレ
悪ノリに拍車をかける符丁。今日の合い言葉はこれで決まりだ。
「あれ、Mさんは?」
てっきりユウリさんと一緒に来るものかと思っていたのだが、姿が見当たらない。
「それがさ、今日観るのが幸○の科学の映画ということがバレて、怒らせちゃったみたいで...」

唖然とした。「事前にどんな映画かしらせてなかったんですか?」
ユウリさんの悪い癖だ。彼には人を試したり、相手の反応を愉しむようなきらいがある。今日もMさんの動揺させ、ほくそ笑む計らいだったのかもしれない。
「元々なんて言って誘っていたんですか?」
「んーと、エヴァンゲリオンみたいな映画観るけど、行く?って」
「なんで騙して連れてこようとするんですか」

「いや、別に言わなかっただけで騙したわけじゃないし」

仔細を伝えていないのなら同じことだ、少し調べればバレるような嘘をなぜつくのだろう。過去に何度か聞かされてきたユウリさんとMさんの喧嘩にまつわる話から察するに、彼らがよく行動を共にしているのにも関わらずいまいち関係性が煮え切らずにいるのは、ユウリさんのおちょくり癖のせいだろうと踏んでいた。どこまでの悪ふざけなら許容範囲なのか、試され続けるMさんへにわかに同情心が芽生える。
「ところで、今日荷物多くない?」岩田さんがユウリさんの鞄を指差して言った。確かに鞄が膨張している。
「ああ、小型トラメガが入っているんだよ」
「なぜ、トラメガ」
「まさか上映を妨害しようとしてるんじゃ」

館内でトラメガを使用すれば、警察を呼ばれるのは自明だが、彼ならやりかねない。もしそうなった時は他人のフリをして我先に逃げようと、心に決める。
「いや、映画はじまるまで暇な時間あったらそこら辺で街宣でもしようと思ってさ。なんか喋る?」 

「喋りません」
「上映までそんなに時間ないよ」

「どうせ真面目にみないでしょ、ちょっとくらい遅れても、、」

「ほら、浮遊ちゃんも来たし」
岩田さんの目線を追うと、その通り浮遊ちゃんがいた。
長い黒髪を手で整えながら、特に焦る様子もなく、「遅れてすみません」

待ち合わせすると、いつも30分近くは遅れてくる浮遊ちゃんだったが、まだ15分程しか経過していなかった。今日は優秀な方だ。
「その服可愛いね」
フリルブラウスと黒いミニスカートという彼女の姿を見て、私は声を弾ませた。最近、SNS希死念慮のようなものを書き込む浮遊ちゃんの精神状態を実のところ心配していた。今日の彼女の顔色は比較的良さそうでほんの少し安堵する。
人数も揃ったので、渋谷東急シネマへ移動をはじめた。
「映画館どのくらい人入るんだろうね」
「うーん、満員御礼とか言っているけど、多分ガラガラじゃないかな」

「やっぱ信者さんしかいないのかな」

「勧誘されたらどうしよう」

「岩田さん、今日は棒で暴れないで下さいね」と、さり気に釘をさす。岩田さんは酔うと得意の棒術で人を襲撃することがあるタチの悪い酒乱。幸い、今日は武器を携帯していないようだし飲酒してきた様子もないが、警戒しておくにこしたことはない。

「大丈夫、今日は棒を持ってきてない」
そんなこんなで歩いているうちに、映画館の入り口前に辿り着き、ユウリさんが3人へ映画のチケットを配布した。
浮遊ちゃんがカバンから財布をおもむろに取りだし「これ、いくらでしたか?」

「道ばたで配ってたやつだからタダ」
道端で配っていたのか。真偽は定かでないが、ユウリさんはそう言ってチケット代の受け取りを拒否した。
映画館へ侵入する。案の定、客席はほぼ空いていて、私たち以外の客は、親子連れ2名が前方に座っているだけだった。子は小学校低学年ほどの年齢だろうか、おそらく母親に連れられて来たのだろう。熱心な信者の可能性があるのはこの中であの母親一人のみということか。
上映がはじまると、私は寝たり起きたりを繰り返した。神々の登場するシーンはCGを多用していて壮麗だった。金かけてるなあ映像面頑張っているな、というより映像以外に頑張るところがないのかと腑に落ちて再び眠りにつく。寄付金の結晶だろうか、と考える私は嫌な女に違いない。途中、女性が鼻をすするような音が聞こえた気がしたが、あの母親が泣いているのだろうか。映画はおそらくクライマックスで、手を替え品を替え台詞をかえ、登場人物の誰かが信仰心の大切さをときつづけている。
「では改めまして、エル・○ンターレ!」
唱和し、ビールジョッキをぶつけ合う。正直映画鑑賞よりこの乾杯の瞬間を待ちわびていた。映画館をでたあと、早々に飲める店を見つけ、ビールやらサワーやらをあおっている。

「途中寝ちゃって。誰か最後までストーリー追えた人いますか?」
「いや、俺も寝たし記憶が怪しい」

「まあ、少なくとも、エヴァみたいな映画でないことだけは理解できましたが」
「左翼ディスあったよね」
「ああ、あったね、9条批判。ポリティカルなシーンはそんなもんだったかな」
「皇帝がわりとイケメンでした」
登場キャラを褒める浮遊ちゃんに私も首肯した。「確かに、ちょいヴィジュアル系っぽい感じ」
「奇跡の神秘体験ってやつはこれからおこるのかね」

この映画をみると例えばリューマチが治るなどの奇跡がおこるというふれこみがあったのだった。
私は自分のこめかみを指で押し、「神秘の力とやらで、ここの悪さもなおしてくれないものかね」

「奇跡を祈ろう、エル.○ンターレ!」
エル○ターレ!一体何回続けるんだろうと思うくらい、乾杯を重ねた。脳みそを使わずに生んだ言葉の堆積。まともに精神年齢を重ねてきた人間ならば聞くに耐えないであろう益体のない会話が続く。下らない。けれど私にとって必要不可欠な息継ぎの時間でもある。

多分、デモに行かなかったら、このメンバーとも出会わなかっただろうなと、人生の分岐点について思いを馳せてみる。趣味も出身も違ければクラスタも異なる人間を束ねたのは間違いなく社会運動だった。運動にいくようになるまで、彼らみたいな変わり者の人間は私の周りには存在しなかった。私がいかに凡庸な人間であるかを思い知らせてくれる。そして安堵させてもくれる。存在し得なかった存在。

運動界隈の人間関係は流動的で、彼らとだっていつまでこうして交流できるかは分からないなと思う。浮遊ちゃんに至っては希死念慮があるし、いつまで一緒にいられることやら。
「同性の友達の少ない人は自殺しやすいみたいですよ」浮遊ちゃんが以前言っていた。

「うちら危ないね」
「はい、だから一緒に自殺しない同盟を組みましょう」
 という流れで、私たちは緩い連帯を結んでいる。しばらくはこの契りに、彼女をこの世につなぎとめておくだけの効力があると願いたい。

「ていうか、さっさとMさんと仲直りした方がいいですよ」
酒がまわってきた頃、私はユウリさんにかみついた。酒は好きだがアルコールに弱く飲むと態度がでかくなりがちなところが私の悪いところだ。
「それは、彼女が許してくれないと難しいな」
「なんとか仲直りしたら、今度は彼女みたいなノンポリにも受け入れて貰えるようなイベント企画しましょうよ」
「別にノンポリってわけじゃないだろうけど。まあ、奇跡がおこればね」
「奇跡なんて起こるわけないじゃないですか。はぐらかすことなくユウリさんがちゃんと彼女と向き合うしかないんだと思いますよ」
そう言いながらも、もし彼が自分の意思をちょろまかさずストレートに伝えるような人間になったらそれはそれで違和感があるなと思う。

「そういえば、結局、トラメガ使いませんでしたね」と浮遊ちゃん。
「これ持って、今からどこか襲撃しにいく?」
「嫌だよ」
「それより今度またみんなでデモやりたいな」私が呟くと、

「本当デモ好きだよね」とユウリさんが呆れた。

政治、運動、稚拙な好奇心。それを全て取り払った世界は、きっと味気がなく窮屈でうだつのあがらない地獄のような日々に違いないだろう。息継ぎできる場所がある。おかげか、今のところすがりたきたくなるような神は存在しない。トラメガで膨張したユウリさんの鞄に目をやりながらそんなことを考えていた。