kira kira blog

キラキラな感じで 。

ライブ中の所感と奇跡

箱の中は満遍なく冷やされていたが、この先人が芋を洗うように押し寄せてくることを思うと、卒倒しないとも限らず、熱中症予防の啓発ポスターよろしく適宜水分補給を心がけるべきか、けれどこの一口が致命的な尿意の呼水となったらどうしようかと、入口で手渡されたばかりのペットボトルを見つめ逡巡する。トイレに行っている間、場所取りしてくれる友人がいたらなあと思うも、気楽に連れてこられそうな人も思い浮かばず、水よりもビールが飲みたかったが、利尿作用を鑑みて手にしたのはノンアルコール飲料水。アルコールはとうの昔、午前中に摂取を済ませ、体内には一滴たりとも残されていない。開演までの時間はいつも尿意に支配されている。森羅万象に膀胱の疼きがつきまとい、尿意に怯え、尿意の奴隷と化し、尿意に行動が規制される。神々がステージに降臨することが最上の解決であり、曲が始まればそれは自然と霧散する。彼らが現れると、実際にそれは消えた。

演奏を皮切りに、ライブ仕様の身体へと整えていく。彼らのライブへ参戦するのはこれで4回目だった。ライブハウス内の不文律については心許ないが、曲のリズムや振り付けにはようやく慣れてきた。とはいえ、まだ至らぬ点も多く、そつなくこなすファンたちに私淑している。自然と滑らかに手や首が動く瞬間は、やっと私も馴染んできたのかなぁと、名状し難い喜びがある。暴れると称された動きをしつつも、抑制的な動作へ結びつけるよう注意を払う。あまり調子に乗ると、派手に振り付けを間違えてしまうから。

曲が終わるタイミングで、神が何度かピックを飛ばした。コロナが本格化していた時期はそういえば規制のせいか客へは飛ばさなかったよなぁ、ついに解禁か。私の立ち位置について述懐すると、ステージからはだいぶ離れた下手側の後方にいる。が、何度目かの投擲の末、飛来したピックは私を超えて、おそらく右斜め後ろ50センチくらいの位置へ落下した。へえ、ピックってこんなに飛ぶんだ。感心しつつ、しゃがみ込み、落ちたであろう位置に目を凝らすことは忘れない。許されるのであれば、床を這いずり回って探りたいが、蛮行この上ないのでやめておく。それにファンたちがいつまでも宝を泳がし続けるとは到底思えなかった。きっと幸福な誰かの手中へと既に収まっているのだろう。おしかった。けれど近くに落ちただけでも良かったじゃないかと、少し興奮気味で次曲へと向き合う。

お、また投げた。サービス精神旺盛だなあと微笑ましい気持ちでステージを見上げる。ライブもそろそろ終盤のはずだ。

サイリウムの揺曳へと音が沈み、束の間の静寂。と、軽いデコピンほどのボディブローを喰らい、カサリと乾いた音を耳朶で捉えたような気がした。まさか。いや、まさか。と、身につけていたウエストポーチと腹部の間へ視線を落とす。ピックって何度もこう遠くまで飛ばせるものなのだろうか。焦りつつもそれが引っ掛かっているであろうあたりを慎重に指でまさぐる。これはもしかしたらヤバいかもしれない、と語彙力0の脳内ナレーションが否応なく盛りたてる中、確かにプラスティックの感触を掴み取った。

エストポーチへその奇跡のかけらを丁重にしまい込む。大丈夫、きっと誰にも気づかれていない、はず。まるで指名手配犯にでもなったような心持ちで周囲の様子を盗み見る。実際、ファンたちを差し置いてこの自分がという罪の意識があった。紛れもなく罪だ。克明に告白し懺悔したい。飛来するピックを腹部で受け止め、ウエストポーチへと引っかかり、床に落下させることなくこの手におさめたのだと。のぼせたようにステージをぼおっと見ていた。ぼおっとしつつも、眼光を光らせすぎていたかもしれなく、卒然と恥じ俯いてみせた。そんな取り繕いを嘲笑うように尿は転生し、首筋にじっとりとした人間的な汗を生成している。